【OVERFLOW】
contributed by 畔戸
「脱げよ」
両肩をベッドに押しつけられ、身動きも取れないまま天井を見上げた立夏はひく
っと頬を引きつらせた。
そこには、大人びた少年の不敵な顔。
冷たく言い放った声が、微かに怒りを含んだ視線と共に真っ直ぐ立夏の上に落ち
てきた。
十二歳。ミミなし。我妻草灯。
他意はないのだと、信じたい。信じたいのだが……
うんともすんとも言わない立夏に、草灯は軽く舌打ちをする。
馬乗りになった腹の上でゴソゴソ動き出したかと思うと、立夏の腕を膝で押さえ
込み、自由になった両手でボタンを外し始めた。
パジャマに着替えてさぁ、寝ましょうという雰囲気ではない。
第一そんな時間ではない。
そしてなにより、草灯が手をかけたそれは誰あろう、立夏のシャツのボタンだっ
た。
「ぎゃぁぁぁぁ! やめろっ! 草灯」
「戦闘機のクセに、サクリファイスに文句を言わないでくださいよ」
草灯は淡々と言い放って、着実にボタンを外し続けていた。
青柳立夏――
選挙権も、ミミも持っている戦闘機は今、貞操の危機にあった。
遡ること数日。
青柳立夏は我妻草灯に出会った。
門柱にもたれ、不貞腐れた顔で小石を蹴飛ばしていた少年。
講義を終え校舎から出てきた立夏はつと足を止め、少年を見た。
もちろん、無視することもできた。しかし、寂しそうなその姿が、踏み出す足を
躊躇させた。
顔を上げた少年と目が合った。
「オレのこと呼んだでしょう?」
それが少年の第一声だった。
「はぁ?」
少年が近付いてくる。
下方から見上げてくる視線は冬の空のように真っ直ぐで、立夏は思わず後退した
。
少年が更に一歩近付いた。
小学生? 否、中学生か?
随分大人びた雰囲気の少年だが、高校生という年齢ではなさそうだ。
顔立ちも、体つきにもどことなく幼さが残っている。
そこに至って、立夏はようやく彼の頭にミミがないことに気付いた。
昨今のガキは末恐ろしいものがある。
警戒心の抜け切れない立夏に、少年はニッコリと微笑みかけた。
「オレは我妻草灯。貴方を探していたんだ」
――なぜあの時、足を止めてしまったのだろう?
『オレのこと呼んだでしょう?』
草灯の言葉が脳裏を過ぎる。
違う。
呼んだのではない。呼ばれた気がしたのだ。
あの時、あの正門で、彼を無視することなどできなかった。
「やっぱり……」
上空の草灯が溜息混じりにそう呟いた。
露になった立夏の上半身、左肩の辺りに冷たい手が触れ、立夏ははっと息を飲ん
だ。
「どうして隠すの? 立夏の動きを見たらすぐ分かるのに」
攻めるような、拗ねるような顔で抗議した後、草灯はベッドを降りた。
立夏はゆっくりと体を起こす。
戸棚から救急箱を持ち運ぶ草灯の姿が見えた。
「これぐらいなんてことないよ」
「いいから」
草灯は立夏の真横に腰を下ろし、救急箱の中から湿布を取り出し、フィルムをは
がした。
立夏の肩についた痣の上に、湿布を貼り、その上に粘着テープを重ねる。
「立夏」
「何?」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
草灯は真剣な顔で、こちらを見据え、
「立夏のミミが欲しい」
とんでもない暴言を吐いた。
一瞬にして赤面する立夏。
「ばっ……ばか言うなっっ!」
「本気だよ」
顔色一つ変えずに、草灯は言う。
まったく、なんて小学生だ。
「あっ、あのなぁっ! ミミをあげるって意味分かってんのか? 子供のクセに
何言ってんだよ」
悲鳴に近い声音で立夏が叫ぶと、草灯は一瞬目を丸くして、プッと噴出した。
「子供は立夏の方だよ」
あ、ばかにしやがったな、こいつ。
怒りと恥かしさで更に熱くなる頬を自覚しながら、この性悪な子供に、立夏はシ
ステムを展開すべきかどうか考えていた。
相手はサクリファイスだ。戦闘のプロである自分がサクリファイスに負けるはず
がない。
いきなり大技をかませば、幾ら草灯でも回避するだけで精一杯だろう。
そこに連続で攻撃をしかければ……
煩悶する立夏の手を、一回り小さな手がそっと包み込む。
相変わらず冷たい手だった。
「オレの名前を立夏にあげる」
冬の瞳に、真剣な色を湛えた草灯が言った。
「オレは立夏のサクリファイスになる」
――だから
「立夏のミミをオレに頂戴」
心地良い声が繰り返す。目の前に、草灯の顔があった。
初めて出会った時と同じ、どう抗っても拒めない何かが立夏の体と心を支配する
。
あ……やっぱり戦闘機ってサクリファイスには勝てないのかな……?
そう思ったとき、立夏の唇に草灯のそれが触れた。
押し付けられる、柔らかい感触。
不思議と、不快感はなかった。
夢見心地の立夏は、その唇がニヤリと笑みを象る気配を感じ、一瞬にして現実に
引き戻された。
「暗示をかけるな!」
「かけてないよ」
こいつ、本当は戦闘機の方が向いてるんじゃないのか!?
笑いながら救急箱を仕舞う草灯を見ながら、立夏は心の底からそう思った。
それともこれがサクリファイスの力なのだろうか。
物理的なものでもあるし、精神的なものでもある。
間違えようのない主従関係と、それだけでは説明できない絆。
――絆?
こんなエロガキと絆だって? 冗談ではない。
馬乗りになってシャツを脱がされたのだ。
本当にこれで終わりなんだと覚悟さえしたのだ!
あれこれ考えて、心臓が爆発しそうになったのだ!!
「未成年はお断りだからな」
年上の威厳で、平然を装って立夏が言うと、
「へぇー。二十八まで我慢するつもりなんだ?」
少年は大仰に眉を上げて振り向いた。
「どうしてそうなるんだよ? あと八年も我慢するわけないだろう」
何が悲しくてこんなマセガキのために我慢しなけりゃならないんだ。
八年もあればガールフレンドの一人や二人……
「ああ、だろうね。オレが待てないもん」
「はぁっ!?」
何か、とんでもないセリフだったぞ、今の。
眉根を寄せ、睨んだ立夏に、草灯はくすくす笑って付け加えた。
「立夏ってサクリファイス向きだよな」
オレもたった今そう思ったところだよ。
立夏は密かに心の中で賛同し、小さく溜息をついた。
【END】
《しずく@管理人》
祭やってよかった…もう幸せです。わかってください。
管理人が心のmentorと仰ぐ[MEffect]の畔戸さんが協賛SSをお寄せくださいましたーv
主催者としまして感無量、まさにタイトルどおりであります。
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